戦後の広島のリーダーたちは、常に観光が被爆都市からの復興に大きな役割を果たすと考えてきた。事実観光は、東京から復興のための特別資金が安定的に支払われるためのキーファクターとなってきた。しかしながら常に、広島平和公園を神聖なる場所と捉える人々と商業的な勢力との間にせめぎあいが起こってきた。つい昨年、かき船レストラン「かなわ」が元安川上流へ移転したことは、世間を驚かせ、公園周辺の乱開発への懸念を招いた。



今日、広島マツダ所有の13階建てのビルがまさに広島の聖地と商業地区の境目にオープンした。おりづるタワーの大半は、象徴的な原爆ドームを見渡せるオフィススペースだが、オーナーは急増している観光のマーケットをしっかりと視野に入れており、このビルは訪問者を強く惹き付けるアトラクションになることだろう。



建物のメインの見どころは、すばらしい眺望が広がる最上階のスタイリッシュな展望デッキだ。原爆ドームのほぼ真上から平和公園を見渡し、南西は瀬戸内海・宮島まで、北は広島城まで見渡すことができる。12階は、佐々木禎子さんの物語を通して広島のシンボルとなった折り鶴がテーマになった体験型の展示になっている。1階はおしゃれなお土産ショップとモダンなテラス席のあるカフェになっている。

中には、大企業が海外の観光客誘致に飛びつく傾向に嫌気がさす人もいるだろうが、広島マツダの広島での実績は、注目に値する。広島マツダはマツダ独立資本の販売会社で、1933年にマツダ創業者の松田重次郎の息子・松田宗弥が設立、当時の猿楽町(現紙屋町)で3輪自動車を販売していた。1941年に正式に法人化し、社屋を広島県産業振興会館(現原爆ドーム)のすぐ後方の角に移転した。彼の父親は原爆から逃れたものの、松田宗弥と彼の会社社屋、従業員のすべてが被爆死した。その後つかの間仁保に移り、その後会社は1949年に幟町に移転した。原爆ドームの隣の土地は長い間ごく普通のオフィスビルとして使われていた。

広島マツダは原爆からの復興に貢献し、同時にその恩恵をも得てきたことで過去の功績と地域住民の支援と未来への展望のために恩を返すことが義務だと思うと言っている。建物を再開発するとなると極端に否定的になる人もいるが、同社は世界の人々が訪れるにふさわしい場所を作ることに責任の一端を感じた。そうして広島マツダは商業の世界を魅了し続ける一方で広島の平和のメッセージを発信するための、誰にも開かれた場所を作ることを目指した。



新しい外観は、構造的な補助というだけでなく、直接の太陽光を和らげ、オフィスフロアの冷房コスト削減に一役買っている。埋め込み式の窓、原爆ドーム側のアースカラーの側面は、周囲の環境との調和に配慮すると同時に、原爆ドームを訪れた人たちから見える部分にインパクトをもたせている。



既存の骨組みを使うことで、完全に立て直した場合に比べ炭素放出量を約67%削減した。これらすべてのデザインは、宮島の弥山展望台やオタフクの「ウッドエッグ」のデザインを手がけた広島在住の建築家・三分一博志氏による。三分一スタイルのトレードマークとも言える、自然の気流を活かした構想は、全ビルディングに一貫して用いられ、エアコンによる炭素放出の33%を削減している。

おりづるタワーの背景やコンセプトはお分かりいただけただろうか?

私は近年の建築物の開発のあり方に常に批判的だったため、この建物に対しても批判的な先入観でいっぱいだった。しかしながら、驚いたことにおりづるタワーはかなり私を魅了した。ビルに入った途端、おしゃれな制服に身を包んだ多くのスタッフが出迎えてくれ、高級ホテルのロビーさながらだった。おみやげ売り場はほとんどが地元の食品で、ディスプレイが素敵なだけでなく英語のラベルもかなりいい感じだった。



「握手カフェ」は軽食のメニューが多く、コーヒーはObscura Coffee Roasters、さらに最高なのは、とても快適なテラス席だ。




一番の目玉である展望デッキに昇るには、チケットを買わなくてはならない。入場料は大人1700円(すべての料金はスクロールのこと)で、英語対応の券売機で購入して回転ドアを通り、13階へのエレベータもしくはビルの半分がオープンになっている階段を上ることができる。おすすめはエレベーターで上って、階段で降りてくることだ。もちろん、体力に自信のある人は歩いて上るのもいいだろう。階段にはすべてスロープもついている。

エレベータを選んだなら、古き良き日本のエレベーターガールによる歓迎をうけられるだろう。ゆっくりとしたお辞儀、丁寧な挨拶と説明を完璧なエレベータガールの調子で聞くことができる。
エレベータを降りると、ドリンクや軽食を販売するカフェがあり、そして展望デッキへの入り口がある。G7で安倍首相が各国首脳に熱心に紹介した伊勢神宮からヒントを得、低い天井を木の柱が支え、なめらかなウッドフロアーはゆるやかに傾斜して、原爆ドームと平和公園を見渡せるバルコニーへ続いている。





北は広島城、南西は宮島まで見渡すことができる。私が訪れた晴れ渡った日には、そよ風が心地よく吹き、宮島の千畳閣を訪れたときを思い起こさせた。デザインの一部なのか、鳥よけなのかは定かでないが(もしくは飛び降り防止か)、幅広いメッシュのバリアが施されており、完全な遮りのない眺望というわけにはいかない。

デッキにはカフェからのドリンクやフードを持ち込むことができ、時間を過ごすのにことかかない。天気のいい日には、きっと山あいに沈む夕日がとても美しいことだろう。




階下には、ワークショップゾーンと呼ばれる体験スペースがあり、折り鶴体験に誰でも気軽に参加することができる。英語の説明書きと親切なアシスタントが手伝ってくれる。



「エア折り鶴」というWiiスタイルの折り紙ゲームなど、折り鶴をモチーフにしたデジタルインスタレーションも見ることができる。



パノラマのCGIビデオ映像は、1945年の焼け野原から今日までの街の復興を見せている。このフロアーでは平面のガラス窓から、メッシュで遮られない素晴らしい眺望を見ることができる。一隅では、原爆の爆心地である島外科病院を見ることができる。



ビルのデザインの主要な特徴の一つで、まだ言及していないのは、ビルの側面にある50mの高さの煙突型の折り鶴ガラス壁だ。観光客は追加料金を払って、特別にデザインされた折り紙を受け取り、折った折り鶴を煙突のてっぺんから投げ入れることができる。見た所、50万くらいの折り鶴でガラス壁はいっぱいになり、ビルの外から一種の折り鶴のモニュメントのように見えるだろう。



高所が苦手な人には注意が必要だが、自分のの折り鶴を投げ入れるためには、はるか下までみおろせるガラス張りの台に乗らなければならない。

追加料金を払わない場合にも、素敵な折り紙を受け取り、自分の折り鶴を持ち帰るか特別に作られた折り鶴ボックスに捧げることができる。当初私は、これらの折り鶴はどこかにしばらく飾られるのかと思っていたが、スタッフによるとこれらは将来の訪問者のためにリサイクル折り紙にされるという。



展望デッキと体験フロアの後、おりづるタワーにはもう一つ楽しみがある。「降りること」だ。ビルの側面にあるスロープの歩道は、眺望を楽しみながらゆっくりと下ることができる。眺望と言っても、周囲のビルの屋上に設置されたエアコンユニットなんかが見えるのだが。(告白すると、長年住む者としては結構楽しかった。)壁には漫画家・佐藤 秀峰の絵が飾られていた。さらに楽しいのは、緊急脱出用滑り台が各フロアに設置されており、滑り降りることができる。火事の時にスピードが出過ぎないように、各フロアで乗り換えるしくみになっている。

上記で述べたように、折り鶴タワーはとても私を楽しませてくれたが、若干の不満もある。

第一に、折り鶴をエンターテイメントとして新たなイメージを定着させようとすることに違和感を覚える。折り鶴と佐々木禎子さんの話を語る時、核兵器の恐ろしさという主題を避けては通れない。個人的には、私の折り鶴は他の訪問者のものと一緒にしばらくの間平和公園かどこかに捧げられて欲しいと思う。

もう一つは、少々高すぎるのではと感じることだ。スカイツリーに比べれば安いかもしれないが、250m高い東京タワーよりも高価だ。国内で有数の人気スポットになることは間違いないが、どれだけの外国人観光客が13階建ての、たった地上から50m上空の眺望のために高い入場料を喜んで払うのか。さらに、折り鶴を投げ入れるための500円の追加料金(ロビーでセット料金を払わず、12階で別売りのチケットを払う場合には600円)は少々過剰に思える。時間が経てば、答えが出るだろう。

入場料
18歳以上 1700円
12~17歳 900円
6~11歳 700円
4~5歳 500円

幸運にも私は無料で入ることができた。いくつかギミックなもの、折り鶴をテーマにしたインスタレーションやシースルーの折り鶴投げ入れ台、漫画のディスプレイなどを見た。晴れた日には、夕暮れ時にワインボトルを持って、誰か特別な人とそれらをシェアするためにきっとまた訪れるに違いない。


インフォメーション

  • 広島おりづるタワー
  • 住所
  • 〒730-0051 広島県広島市中区大手町一丁目2番1号
  • 電話番号
  • 082-569-6803
  • 著者
  • GetHiroshima